古墳期前半の管玉を初出土 向日・鴨田遺跡 漁具の土錘も発見

向日市埋蔵文化財センターが京都府向日市上植野町落堀の鴨田(かもんでん)遺跡で実施した発掘調査で、古墳時代前半の装飾品「管玉(くだたま)」がこのほど出土した。同遺跡では初めて。現場は中世まで小畑川の旧流路だった場所で、旧流路跡脇からは、長岡京時代に使用されたとみられる土製の漁具「土錘(どすい)」なども見つかった。(京都新聞電子版から引用)

ご存知ない方も居られるかも知れまへんので、ここで少しおさらい兼ねてご説明をしておくと、「~京」とつくものは、「藤原京」「平城京」「長岡京」「恭仁京(くにきょう)」「平安京」とそれぞれあります。「藤原京」「平城京」は現在の奈良県になりますが、「長岡京」「恭仁京(くにきょう)」「平安京」は京都に位置します。

その中で、「長岡京」と呼ばれるものは、784年から794年まで山城国乙訓郡に存在した首都で、「平安京」遷都前の首都と言うことになります。現在、「長岡京市」として唯一当時の名を残す地名がありますが、まさに「長岡京市」に首都「長岡京」があったからどす。

本日の記事は、大変貴重な遺産が出土したと言うもので、古墳時代前半の装飾品と言うものが出土したいいことと、長岡京時代の土製の漁具「土錘(どすい)」などが同時に見つかったと言うこものどす。ちなみに古墳時代(こふんじだい)とは、3世紀中葉から6世紀末葉までの約300年間のことをさしていいますが、ざっと今から1700~1400年も前の時代になります。

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出土した「管玉」は、長さ1.6センチ、直径5ミリの円筒形で、中心に通し穴があり、鴨田遺跡から管玉が出土するのは初めで、かなり身分の硬い人が身に着けていたであろうと推測されると言うことどす。

また「土錘」の方は、ラグビーボール型で最大胴回り7.5センチ、長さ5センチあり、当時漁をしていた人が投網の重りに使っていたものでは? と推測。

両者とも大変小さな物になりますが、その長き歴史から考えますと、貴重なものとしてはとても重いものになります。先日ご紹介した「太閤堤」も含めて、歴史を紐解く鍵としては大変重要なものかと。

そういえば昔、とある神社の境内で「勾玉(まがたま)」を偶然見つけたことを思い出しました。淡いグリーン色をして、アクセントに白いラインが入っていたか・・・いなかったか・・・とにかくとても綺麗で小さいものでした。

子供の当時、その「勾玉」の重要度を理解していなかった為に捨ててしまったか何かなったと思いますが、今見つかれば大事にとっておくことどっしゃろ^^

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