美声響き、輝く金閣 音舞台の公開リハ

「東洋と西洋の出会い」をテーマに多彩なアーティストが競演する「金閣寺音舞台」の公開リハーサルが本番前日の7日夜、京都市北区の金閣寺であった。ライトアップされた金閣をバックに、鏡湖池の上に特設されたステージで英国の歌手ラッセル・ワトソンさんらが歌声を披露した。 (京都新聞電子版から引用)

昨日に引き続き同じような内容の記事に我が目を疑う・・・。

全く理解できない・・・。

「東洋と西洋の出会い」? それが国宝である我が国を代表する文化財の前で洋楽を聞くことなのか? 

昨日もお話をしましたが、洋楽を聴く場所はほかに沢山あります。それどころか大変充実をしています。音響設備など十二分に整った場所がいくらでもあります。

そういった場所で西洋の文化に触れ、すばらしい音楽を楽しめば良いのです。

私は何も西洋の音楽が駄目だ、と言っているのではありません。昨日も言いましたが大好きです。

ただ、間違っていると言いたいのは、ただ単に綺麗だから・・・とか、美しいから・・・とか、幻想的だから・・・とかと言った、抽象的な部分だけで主催しているところに問題を感じていると言うことです。

それであれば、例えば、西洋の音楽と日本の伝統や和楽など接点を探り出し、説明など加え、さらには西洋の文化と日本の文化の違いや接点など知っていただけるような内容にして、その上で音楽を奏でる・・・等々といったことであればこれは大変に意味を感じます。

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しかし、残念ながら開かれているコンサートを見てみるとイメージ先行というか、先ほども言いましたように、「綺麗だから」「美しいから」「幻想的だから」と言ったように、意味が全く感じられないものがほとんどです。

美しいものや幻想的なものに触れるのは大変良いことだと思いますが、それが国宝級の文化財の前で洋楽を聞くこととはちょっと違う気がします。

お互いの良きところをお互いが理解しあって、初めて融合できます。元々あるカラーを同じ舞台に上げても全く意味がありません。赤と白を同じ舞台にあげても赤と白のままです。お互いの良き所を理解しあってと言うのは赤と白を混ぜ合わせることによってピンクと言うオリジナルが生まれると言うことです。

先人はそうやって来ました。諸外国のものをまず知り、理解を深め、そして自身の持っているものと混ぜ合わせ、最終的にオリジナルを作っていく・・・。これで初めて融合といえます。なんども言いますが、赤と白とをそのまま同じ舞台に上げても赤は赤、白は白のままです。

今回のコンサートにも全く同じことが言えます。数百年続く日本の伝統文化の中に西洋の音楽を置いただけ・・・。

意味が感じられません。

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