山里に鎌倉初期の「大般若経」 左京区 11日から大谷大で公開

京都市左京区久多地区に伝わる経典が、鎌倉時代初期の「大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみたきょう)」(大般若経)であることが、大谷大の宮崎健司教授(日本古代史)の調査で10日までに分かった。清水寺(東山区)や三井寺(大津市)の僧侶が京で書き写したとみられ、全600巻がほぼ完全な形で残っていた。11日から、大谷大博物館(北区)の秋季企画展「久多の大般若経」で公開する。(京都新聞電子版から引用)

「大般若波羅蜜多経」とは、釈迦滅後5世紀程後に出来た「大乗仏教(ユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の分派のひとつ)」の基礎的教義が書かれているもので、長短様々な般若教典を集大成したもです。

通常一般的には「大般若経」、または「般若経」と呼ばれるもので、西暦150年頃に現在の形の原形が成立し、サンスクリット文字(古代・中世に、インド亜大陸において公用語として用いられていた言語)にて文書化されたものと言います。

解りやすく言いますと、「西遊記」で有名な「三蔵法師」こと、「玄奘三蔵(げんじょう さんぞう 仁寿2年(602年)~麟徳元年(664年)は、唐代の中国の訳経僧」が、インドへお経取りに行った・・・と言う物語がありますが、そのお経こそが「大般若波羅蜜多経」になります。

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「三蔵法師」は、西暦630年頃に約16年間掛けて般若経典群を中国へ持ち帰り、後に4年の歳月を掛け漢訳、「大般若波羅蜜多経」完成させたとあり、約62年間の生涯の中でこの経だけに20年間を費やしたことになります。

「西遊記」と言う物語は、その16年間の長き旅の道中とても大変だった・・・と言うものを「妖怪」と言う化け物を登場させることで面白く着色し、物語として完成させた伝奇小説になりますが、物語の元になったものは、実際にあった「三蔵法師」の旅が使われているものです。

今回の調査で詳細が解った「大般若波羅蜜多経」は、1214年~1217年に書写されたもので、御堂関白「藤原道長」が建立した「法成寺」の所蔵本を手本にしたとの記述や、「藤原通憲」の孫で「法然」の弟子だった「聖覚(せいかく)」とみられる名前も記されていたと言います。

経典は10巻ずつ木製の皿に入れられて、木製の経櫃(きょうびつ)に収められており、約14世紀には、現在の京都市左京区久多地区はあったとも今回の調査で解ったと言います。

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