反戦唱えた僧の名誉回復 真宗大谷派、19日に宗務総長が自坊で謝罪

真宗大谷派(本山・東本願寺、京都市下京区)は、戦前に日本の軍事行動を「侵略」と発言するなどの言動で有罪判決を受け、大谷派からも処分された僧侶、故竹中彰元さん(1867-1945)の名誉を回復させる。今月、戦前にさかのぼって処分そのものを取り消す手続きを終えた。10月19日には、竹中さんの自坊だった明泉寺(岐阜県垂井町)で「復権顕彰大会」を開き、熊谷宗恵宗務総長が、処分が誤りだったとして謝罪の声明を出す。(京都新聞電子版から引用)

戦前、戦中、戦後 の時代、戦争反対や戦争批判などの声明や発言は、一切合財認められず、それどころか非国民として非難され、後ろ指を指され、挙句の果てには逮捕、獄中死・・・、と良く聞く話です。

あの時代は日本のみならず、全世界が狂っていた時代だったため、自国がすべて正義だと主張し、武力によって力を見せ付けていたという時代でした。特に我が国日本、ドイツなどはその姿勢が強く、強行姿勢を一切崩さなかったという悲惨な時代でした。

国の政策に国民すべてが同調させられ、いやおなしに同じ方向を向けさせられていました。

しかし、そんな中、大勢の人に反戦を訴えかけた人物がいたのも事実です。今回記事になっている方「故竹中彰元さん(1867-1945)」もその中の一人となります。

あの時代に「反戦」を口に出すことの出来る勇気は相当のものだったと思います。「反戦」を口にする事によって、自身の身が危なくなるということも少しは理解されておられたと思いますが、そんなことよりもご自身の考えと貫き通したことは大変驚きです。

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結果的に「有罪判決」が下り、大谷派からも処分されるという結末に至ります。こうなることをご本人は予想していたのか定かでは御座いませんが、当時はご本人もかなりショックを受けられたものではないかと想像できます。

現在では、「反戦」を訴えかけても逮捕されることなどはありません。大規模なデモや強行行動でも取れば別ですが、「反戦」を口に出しただけではありえません。しかし当時は違ったのです。「反戦」を口に出すだけで逮捕だった時代だったのです。その中での行動は、大変勇気が言ったのではと思います。

「太平洋戦争」に関しては、人それぞれ、思想や思い、事実、歴史・・・その他諸々御座いますので、ここでどうこうお話をするつもりは御座いませんが、戦争に関しましては反対です。

「故竹中彰元」さんは、この度大谷派が下した※処分は誤りだったとして、竹中さんの処分を取り消し、謝罪するといったものです。このことについて大変良かったと素直に思いますが、もう少し早く何とかならなかったのかと心が痛みます。

※法要での着座の順位を最下位とする「軽停班三年」とし、布教使資格をはく奪

竹中さんの妹のひ孫にあたる、現明泉寺住職で「竹中真昭さん(54)」は、

「名誉回復はありがたいことだが、大会をセレモニーに終わらせず、平和を考える縁にしてほしい」(京都新聞電子晩から抜粋)

との事です。

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この記事へのコメント

ただのひも
2013年10月09日 12:21
あの当時に戦争反対を唱え、国策に異論を挟むことはとても勇気ある行為だったと思います。
現在の我々は、こうした人々を讃えることをやらなければなりません。
終戦ではなく、敗戦です。その責任を取らせることもせず、政治家、マスコミの責任は重いです。
歴史に埋もれている人々を見つけ出して評価することをしたいと思います。

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