親鸞の遺骨示す墨書発見 下京・常楽台 宝塔の骨片に裏付け

鎌倉時代の高僧で浄土真宗の宗祖・親鸞の遺骨を、塔の形をした容器(宝塔)に納めたと記した墨書が18日までに、京都市下京区の浄土真宗本願寺派の寺院・常楽台で見つかった。実際に骨片とみられるものが常楽台の宝塔(高さ約35センチ)に納められている。墨書は江戸時代に書かれたものだが、宗派の本願寺史料研究所(下京区)は「状況からして、親鸞の遺骨である可能性が極めて高い」としている。(京都新聞電子版から引用)

「親鸞(しんらん)」 という方は、承安3年(1173年)~弘長2年(1263年)の浄土真宗の宗祖といわれて異る偉い方で、あと数年で没後750年経つということで地元京都(京都市伏見区日野(現・法界寺、日野誕生院付近)近くで出生 それを記念して1931年に日々の誕生院が建立された)では、750年祭として今から準備されております。

この方は、実は皇太后宮の「※大進(だいしん)・日野有範(ありのり)」の長男として生まれた公家の家系の方なんですが、自身の師として仰いだ「法然(長承2年(1133年)~建暦2年(1212年)平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧侶 浄土宗の開祖)」との出会い後仏門の世界に入り、「真の宗教である浄土宗の教え」として普及に努めた方なんです。
※(日野(ひの)家は、藤原氏北家流の名家の家格を有した公家。儒道や歌道の面で代々朝廷に仕えた)

今回見つかったのは、信用性が非常に高い墨書で、「親鸞」の骨の一部が納められているといったもの。というのも、事実、浄土真宗本願寺派の寺院「常楽台」の高さが35センチほどの宝塔に骨の一部が見つかっており、これが「親鸞」のものだというのだ。

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見つかった「常楽台」というは、「親鸞」の曾孫(ひまご)にあたる「覚如」の長男の「存覚」が開いた寺でありますが、理由あって勘当された身になっています。しかし、一時期は本願寺教団の後継者の立場にあることや、勘当うんぬんかんぬん等々で、遺骨を隠さなければならなかった理由があったのかもしれません。その為、墨書を「存覚」が南北朝時代に画工に描かせたといわれる「親鸞聖人影像(花の御影(ごえい))」(縦約130センチ、横約80センチ)の下部の軸木に収め隠した。

「高祖等身夢想の御真影を修復し奉る 則ち御骨舎利を銀筒に収めた」「宝永三年六月十七日に遺骨を取り出し、宝塔に納めた」(京都新聞から抜粋)

とあり、事実宝塔に収めてあった骨が見つかったということです。

調査した「本願寺史料研究所」では、「状況からして、親鸞の遺骨である可能性が極めて高い」
ということです。

「親鸞」といえば今から没後ざっと750年の長い年月が経ちます。しかも「浄土真宗」の開祖である人物偉い方の遺骨がこの21世紀に見つかるというのは、凄いことだと感じます。また750年祭の近いことですし、「浄土真宗」としても大変ありがたい発見ではないでしょうか? 

京都へ来ていただけば解りいただけますが、「浄土真宗」派の寺院などの前には、よく750年祭の垂れ幕などを目にします。今回の発見によって、より盛大に盛り上がり(はちっょと言い方がへんどすか・・・^^)を見せるのではないでしょうかね^^

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