【京都 寺】満開のツツジが最高~「三室戸寺」最終章
【京都 寺】満開のツツジが最高~「三室戸寺」
本日も、「三室戸寺」最終章をご紹介させていただきますぅ^^
正面門である「山門」のすぐ脇には少し大きめで深い人口溝があるんどすが、それを超えるとツツジを敷き詰めたような場所があります。ここまで来るのにぐるりと廻ってくる必要があるんどすが、あたりはツツジだらけ^^ 右見ても左見ても前も後ろも^^

場所はここどすぅ^^
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.49.25.1N34.53.49.8&ZM=8
(マップファンの地図どす)
【三室戸寺】
光仁天皇の御願により南都大安寺の僧行表が天平年間(729年~748年)の末期に創建したものと伝わる。その後火災などを原因とする幾度もの移転を経て、文明年間(1469年~1486年)に今の所在地に再建された。園城寺などの加勢を得るなかで格式高い天台寺院として栄えるも、室町中期に戦禍に遭って焼失。再興されたたものの、しばし衰退の時を見る。天正元年(1573年)には織田信長と争った足利義昭に加勢したため焼き討ちされる。その後、江戸時代の後期にあたる文化11年(1814年)に、今に在る本堂が再建された。(Wikipediaから引用)
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←クリックその広場から小高い丘に進むことが出来ます。その道中が上の画像^^ 凄いどっしゃろ^^

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←クリック丘の上に上がるとご覧の通りさらにツツジに取り囲まれますんや^^ これまた凄い! !
さて、その丘からさらに上に向かうと新緑の深い場所になるんどすが、そこから「本堂」が見えてきます。
さらに進むと今度は「三重塔」になります。ちなみにこの塔は、1704年に建てられたものどして、元々は兵庫県三日月町の「高蔵寺」にあったものを、1910年(明治43年)に移建したものだということどす。
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←クリックツツジ畑を出て「本堂」へと向かいます。この階段は「本堂」まえの階段どして、伽藍に向かうには絶対に上らないといけまへんのどす。つまり、ツツジ畑よりも上にあるということどす^^
こちらが先ほど見えた「本堂」になります。文化2年(1805年)に再建。秘仏の金銅千手観音立像が安置されとるといことどす。
階段を上がるとすぐ左側にある「手水場」どす。蓮の花をイメージしたようなつくりどす。
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←クリック奥には「三重塔」が。全高さが16メートル。ちなみに「高蔵寺」から買い取った・・・ということどす。
といったところで「三室戸寺」は終了どすぅ^^
これからの時期は今度は「アジサイ」ということなので、もうしばらくしたらまた訪れたいと思うとります。また違った「三室戸寺」をご紹介出来るかと思いますので、どうぞご期待ください。
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(まぐまぐ)
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