名店街周辺 ③
「錦市場」は、東西に走っとる商店街どすが、今日ご紹介するのは、南北に走っとる
「寺町」「新京極」http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.46.10.9N35.0.6.5&ZM=11
(マップファンの地図どす。)
どす。
赤星から上下に走っとる通りが「寺町」で、そのすぐ右横に走っとる道が「新京極」どす。
京都は「碁盤の目」といわれとるとおり、東西南北にまっすぐ通りが走っとるさかいに、解りやすうてええどっしゃろ^^
写真上が「寺町」で、下が「新京極」どす。
「??? 同じ???」
はいはい、よー似とりますなぁ(笑)
同じよーな商店街どすわ。
ただ、若干「新京極」の方が賑わっとって、若い方を中心にワイワイガヤガヤした通りといえると思います。
ゲームセンターもなんや結構多いどすし。
まっ、ほんまに観光客相手のお店が多い、そんな通りどす。
地方でもよー目にしますけど、やっぱりここでも「木刀」が売ってます(笑)
あれ、何ででっしゃろな ?
「寺町」の方は、観光客ももちろん相手どすやろけど、どっちかというと、地元の方を相手にした商売屋さんが多いよーな気がします。
というのは、「気がする」ということではのーて、実際に昔から賑わっとったのは「新京極」やったからどす。
歴史を振り返ると面白いもんで、時代は平安。
元々「寺町」は、「京極」と呼ばれてリまして、この語源は「京都の一番端」という意味からの「京極」(北極・南極と同じ)ということやったんどす。
京都の一番端、つまり、平安京の中での一番端、ということどすなぁ。
それが後に「寺町」とその呼び名を変えていくんどす。
これは、当時の平安京を整備した「豊臣秀吉」が、ここへ寺を集めたからそう呼ばれるよーになったんどす。
そやし、今から400年ぐらい前からここは「寺町」とそう呼ばれてた、ということどっしゃろなぁ。
歴史あります^^
で、その東横に出来た「新京極」どすけど、「寺町」に寺が集まったもんで、その影響で人も集まる。
お寺は何だかんだと定期的にイベント(縁日)がありまっさかい、当然日が集まります。
それから、時代が進み「明治時代」
これに目をつけた当時の京都府参事(当時の副知事)「槇村正直」が、
「賑わいのあるセンターを作ろう」
ということで、出来たのが「新京極」通りということどす。
ほんで、お寺はんに集まる参拝者の為に色々お店やなんやかんやと出していったという時代背景から、「槇村正直」の目論みどおり「にぎやかな通り」となったんやと思います。
それが、現代でもずーっと続いとるということどすなぁ。
歴史を振り返ると面白いもんどす。
数百年の歴史あるとおり、現代人のわてが同じよーに歩いとる・・・。
何の気なしに歩いとるけど、その足の下には歴史が~。
あぁ、ロマンどす。
ああぁ(笑)
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